富士仙元大菩薩 女人守護の御神徳

【仙元大菩薩とは】
和邇御嶽山では、御嶽山座王大権現をはじめ、数多くの稜威(みいづ)あらたかな神様方に祈願を捧げておりますが、特に我が国最高峰・富士山に鎮まる仙元大菩薩に女人守護の祈願を捧げております。
仙元大菩薩は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と申してニニギノ命の妃神でございます。
ニニギノ命と夫婦となり、一夜にして子を身ごもったので、ニニギ命から「本当に俺の子か?」と疑いをかけられました。
木花咲耶姫は我が身の潔白を証明するため産屋を建て、その中に籠もると産屋に火を放ちます。そして火の中で無事に御子神を出産なされてニニギノ命に潔白を証明されたのです。この言い伝えから、古来より仙元大菩薩は安産守護の神様として信仰されてきました。
以来、聖徳太子など数多の先人が富士山に登拝し、仙元大菩薩の御神徳を仰いでこられました。
時を経て元亀3年(1572)に開祖角行藤佛(かくぎょうとうぶつ)が仙元大菩薩のお告げを頂いて富士信仰を新たに開かれました。富士講の説では、人穴に て修行中の角行行者に徳川家康が謁見し、天下泰平のための法を伝授され江戸幕府を開いたと伝えられています。さらに江戸で「つきたおし」という病の流行し た時は、呑むお守りである「風先来(ふせぎ)」という咒符を授けて人々を病から救い大いに富士信仰を広められました。その後、角行より数えて6世にあたる 食行身禄(じきぎょうみろく)が一介の油売りをしながら富士山を信仰して、享保18年(1733)6月17日に8合目烏帽子岩(えぼしいわ)にて土中入定 をしてから、富士信仰は江戸を中心に爆発的に広まりました。入定の折、食行身禄が説いた「三十一日の巻」の中に「仙元大菩薩様、御女体にてわたらせ玉へ ば、猶更(なおさら)女人を御助け救いこれあるべしとの御本願(ごほんがん)なり」とあり、女人守護・安産・子育て・子宝の御守護をして下さる神様として の信仰が広まっていきました。
 
 
 
 
 
 
【和邇御嶽山に仙元大菩薩鎮座の由来】
和邇御嶽山では長年にわたる御嶽山信仰資料調査を行うことにより、御嶽山信仰の発展の経緯や今まで知られなかった歴史的事実を知り得る事が出来ました。
そして分かったことは、寛政4年(1792)に御嶽山開闢(おんたけさんかいびゃく)をなされた本明院木食普寛行者(ほんみょういんもくじきふかんぎょうじゃ)は当時 江戸にて流行していた富士山の信仰の形態を御嶽山にも取り入れたという事です。
何よりも先ず、御嶽山開闢の折、十二権現(じゅうにごんげん)という神様の本地を仙元大菩薩としてお祀り・お鎮めになりました。山の頂上を剣ヶ峰(けんが みね)と称して、麓から一合目、二合目と呼び習わすのは富士山が最初でありその呼称を御嶽山にも取り入れました。登拝者の杖に焼き印を押し、「まねき」と 言う講社の名や参加者の名前を記す染め布を宿に納めるのも富士山が始まりです。
普寛行者以後、御嶽山信仰を広めた本明院二代木食一心行者や、その跡を継いだ本明院三代盛心行者も御嶽山先達であると共に富士山にも登拝する富士山先達としての活動も行なって人心救済に奔走されました。
富士山と御嶽山は同時期に人々から共に尊崇され、信仰の姿や行法においても多大な影響を及ぼしあった、まさに姉弟のような関係であったのです。
 
 
 
 
 
 
このような歴史が明らかになった上は、和邇御嶽山と仙元大菩薩とのご縁を頂いて更なる御守護を賜らんとして、平成24年8月3日 先達有志が富士山に登拝し、仙元大菩薩のご神体なる大内院および人穴を拝礼させて頂きました。
 
 
 
 
 
 
 
そして「我を教会に祀れ」との御神勅を頂いたのを尊び、御影軸などを用意した上で再び富士山に登拝し、平成25年7月29日 烏帽子岩にての御座行に於いて仙元大菩薩から直に御霊移しの御加持を御軸に頂いて教会に奉斎申し上げたのです。
また食行身禄霊神より、病苦を救い諸願を円満させる「御富世喜(おふせぎ)」の法をもお授け頂きました。
以後、女性のさまざまな祈願のみならず、女性を守る為にその御主人や子供、家族をも御守護下さり、特に「富世喜」を以って病気をお助け頂き、利益を受けた喜びの声を御神前に奉告申し上げる今日此の頃であります。

このように御嶽山と縁深い富士山の仙元大菩薩に祈願を捧げて、病弱な我が身を健勝にして頂く事は元より、安産や子宝、良縁、夫婦和合といった女性のお願い事の上に御守護をお受け下さるようお勧め申し上げます。
 
 
 

〈仙元大菩薩 諸願祈祷の御案内〉

①一般祈祷 参千円

(祈祷の上、咒符「富世喜」を授与致します)
②特別祈祷 八千円

(火を焚き上げて祈祷・御加持・富世喜を授与致します)
③11月第2日曜日 午後3時より 
火渡り神事において安産・子宝・良縁特別祈祷
(斎木申込 一本につき千円 斎木を焚き上げた上 神符を授与致します)

※②特別祈祷・③秋季大祭斎木申込を御希望の方のみ事前に御連絡ください。

 

 

 

 

 

 

 

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富士山登拝

7月28日から30日まで、三山禅定の一座目である富士山登拝を仕えました

ひと夏に富士・立山・白山を巡拝する行を三山禅定といって古来よりの大行とされています

 

4名で御嶽山夏山登拝に続いて出発

 

富士宮市の富士山本宮浅間大社で東京の方4名と合流して8名で登拝を仕えます

 

白糸滝から山宮浅間神社とお参りして、山宮浅間では笛の音が聞こえるので、BGMでも流しているのかなと思ったら御神前で笛を奏でている女性がおられました

神様に出迎えてもらったようでありがたい事でした

 

人穴から富士吉田市の北口本宮へお参り

 

御師・筒屋さんへ宿泊 3年ぶりの講社の登拝を温かく出迎えて下さいました

 

28日夜は雷鳴も雨もありましたが、29日は快晴で御山を仰ぎ見る中を出発

 

シャトルバスで五合目へ行き、小御嶽神社をお参りして登拝を開始 平日ですので少し人出は少な目でした

 

朝は快晴すぎて、このまま登ると暑くて大変だなと思っていましたが、徐々に雲が出て日差しが苦にならずに順調に登拝をしていきます

 

29日は富士山登山競争が朝7時からあって、早い人は3時間弱で富士吉田市役所から頂上まで登ってしまうそうです

 

時間帯がずれていたのでかち合う事はなく、14時過ぎに元祖室へ 天拝宮でご祈祷を受け、烏帽子岩神社で祈祷を仕えて御山荘厳の徳をお捧げ申し上げました

 

コロナ対策で広々とした元祖室は快適に過ごせました

子供の団体などで満室でしたが日の出前にほとんどの方が出発したあとに6時に出発

 

2時間ほどで吉田口頂上の久須志神社へ到着

吉田拝所でご祈祷をして御礼申し上げました

 

富士山は下山も大行でしたが怪我無く無事に帰着して3年ぶりの富士山登拝が叶いました 下山の日は土曜日で団体の登山客もたくさんいてコロナ以前の賑わいを取り戻しつつありましたのは嬉しいことです

 

8月4日からは立山と白山の禅定です

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御嶽山夏山百十周年記念登拝

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